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こんにちわ!
現代の日本における身分制度と経済格差の関係について見てみたいと思います。
身分制度について
身分制度が日本から無くなったのは明治時代の四民平等が実施される1872年からの話であるため、およそ150年前から日本は名目上は平等社会になります。
逆に言えば今から150年前は身分という物が人々を縛り、自由な職業選択や婚姻をする事が出来なかった時代だったとも言えます。当時は武士の家に産まれれば産まれながらにして武士の家の子として成長し、武士としての様々な特権が与えられました。
当時の日本においては武士が他の身分の人々を支配し、百姓が耕した畑の収穫を年貢として徴収して豊かな生活をしていました。そのように職業によって上下関係が存在しており、身分という既得権益が存在していたのです。
現代版の特権階級
一方で現代を見てみると、現代においては職業選択は自由です。医者になりたければ医者になる事が出来ますし、政治家になりたければ、政治家になる事が出来る可能性があります。全く何も持っていない(場合によっては借金地獄)人が会社の経営者になって億万長者になる人もいます。
現代は江戸時代のように職業が○○だから特権が与えられる、という社会制度は存在しません。しかし、世界の常なのか、経済という物によって各自が搾取される、という実態は以前として存在します。
仮にあなたが毎日8時間会社で働いて、月に100万円の利益をあげたとしても、あなたが100万円全て貰えるわけではありません。100万円稼いだとしても会社の経営者であったり、株主の人々へ配分されるため、あなたは20万円、経営者は50万円、株主の人々へは30万円という支払いになる事が往々にしてあります。得た利益に対して分配する額面を決めるのは全て経営者の裁量です。
これは経営者や株主の労働時間が0であり、労働者は毎日8時間だったとしても労働者側はそれについて何か言う事は基本は出来ません。
まるで江戸時代の百姓と地主のような関係性ですが、以前と違うところとして、誰もが経営者側に回る事が出来るというのが現代です。
つまり現代版の支配者階級=会社の経営層、資産家と言う事も出来るかと思います。無論、経営者に関しては非常に大変でプレッシャーの大きい仕事であり、大きなリスクを背負って社員のために働かれている方も多いかと思いますので、江戸時代の頃の支配者階級、という言い方とは随分異なるとは思います。
そのため、資産の損失というリスクを背負っているとは言え、実質的な労働はほぼ皆無で、お金が自動で増える資産家という存在が現代においては、労働者が労働力で得た賃金を搾取している支配者階級とも言う事が出来るのかもしれません。
経済格差の乖離による階級社会
いつの時代でもそうですが、支配者階級は非常に少なく、大多数は労働者階級です。
現在の日本においても全5300万世帯のうち裕福層と呼ばれる資産1憶円以上持つ家庭は多くはなく、約120万世帯と言われています。約2%程度が裕福層という事になります。
また、超裕福層と言われる資産5億円以上持つ家庭は7.3万世帯であり、約0.1%程度と非常に少数です。
しかし、この超裕福層が保有する資産はどんどんと資産が増えており、貧困層と言われる人々の資産はどんどんと減っています。
ある調査では
支配者階級=経営者・資産家
上労働者階級=正社員・自営業者
下労働者階級=非正規雇用
という分類とした場合、支配者階級や上労働者階級の人々を非正規雇用の人々がサービス業やコンビニエンスストア等の低賃金重労働に従事する事で支えているという構図になってしまっている、という主張も存在します。
これは今年のGWではカレンダー上は10連休ですが、10連休出来るのは一部の職種の人間であり、サービス業などに従事する職種の人間は働く、という事からもある程度実体を伴った主張である事が想像されます。
まとめ
非正規雇用の仕事が悪い仕事であると主張する気は毛頭ありません。しかし、現代日本が抱える問題の一つに非正規雇用者の給与や働き方などの待遇改善は間違いなく解決すべき課題かと思います。
現代は制度はなくとも、職種や経済によって結局階級社会のような構図を取ってしまっています。これが世代を超えて受け継がれると階級移動が難しくなっていき、努力で越えられなくなってしまうといよいよ情勢が不安定になっていきます。
そうした意味でも日本は相続税や贈与税が他国より高い、という点は日本社会の長期的な安定で見れば評価すべき部分かな思っています。
最後まで読んで頂きありがとうございます。